解説
朝日杯FSでミホシンザンに乗れなくなった岡部が代わりに手配した騎手。
元騎手のほむらからすら知らんと言われやる夫を不安がらせ、案の定というか、岡部が乗り変わったシリウスシンボリの前に二着に敗れる。
しかしその乗りっぷりと性格を買われ、チャンスが再度与えられる。所属していた先の松田博資調教師と共に繋がりが出来、スノーローズの主戦を任され、秋華賞とマイルCSを勝利し期待に応えた。
しかし好事魔多し。翌年、タマモクロスで春古馬三冠を達成するなど絶好調だった矢先に、マイルCSでスノーローズに振り落とされるようにして落馬、
重傷を負って長期の療養生活の後に復帰。多くの史実馬の騎乗機会を失うが、カミノクレッセ、ステージチャンプで好成績を出して、まだまだやれることを証明し、ナリタブライアンと共に94年クラシック三冠を達成した。騎手引退後に調教師に転向し、やる夫陣営の馬であり自身が騎乗したナリタブライアンの仔コムソーを預かる。ナリタブライアンが果たせなかった海外制覇なるか。
史実での活躍
騎乗スタイルから「剛腕」「ファイター」と呼ばれた、80年代の個性派騎手。
デビューからしばらくは馬に恵まれず、引退も考えたが調教師の説得もあり引退を撤回。
15年目に出会ったタマモクロスで一躍名をあげると、その後もオグリキャップやナリタブライアン、サイレンススズカと数々の名馬に会った。
騎手引退後は調教師となり、ウィングアローなどを手がけている。